香りの記憶
2002年9月18日どこからか、風に乗って、
懐かしい香りが、漂ってきた。
...きんもくせいの香りだ。
花の姿が見えなくても、季節になると、
香りでその存在がわかる。
香りは、どうしてこうも深く、
眠っていた、さまざまな記憶を揺り起こすのだろう?
普段は全く忘れているのだが、
出会うたびに、
こころを激しく揺さぶられる香りがある。
高校3年の時、
不慮の事故で友人が亡くなった。
1年の時同じクラスで、
おどけて人を笑わせるのが好きな、
あまり影の部分を感じさせない女の子だった。
同年代の人の死、
というものに出会った初めての経験だった。
葬儀の日、私は制服を着て、
たくさんの同級生と一緒に、彼女の家の外で並んでいた。
ものすごくいいお天気だった。
彼女が死んだことが、まだ全く現実のものとして、
心の中に入ってこなかった。
「いやだ、冗談よ。本気にしたの?みんな」
と笑いながら彼女が現れても不思議ではない気がした。
棺のふたが閉められるとき、
家の中から、女性の嗚咽が聞こえてきた。
胸の奥から絞り出されたような声だった。
やっぱり、本当のことなのだろうか?
その場に及んでも、そんな思いにとらわれていた。
私にとっては”死”がどんなものかさえ、
不確かなものだった。
ひどく、自分がうすのろな存在に思えた。
学校から帰るバスは大きな墓地の前を通った。
帰りが遅くなると窓から深い闇だけが見えた。
しばらくの間、私はその闇が怖かった。
闇を透かして、
たくさんの声なき声がざわめいているように思ったのである。
彼女は今、一体どこにいるのだろう?
問いかけてみても、彼女のイメージは、
闇の向こうからこちらを見つめているだけで、
口を開こうとはしなかった。
ある晩、夢に彼女が出てきた。
昇降口でくつを履き替えると、
後ろから「おはよう」と言われた。
私は息を呑む。
彼女の顔にはかすり傷が見えた。
他の友人が私に耳打ちをする。
「死んでるってこと、彼女に言っちゃ駄目よ」
言ったらどうなるのだろう?
目の前で彼女が崩れて行ってしまうのか?
...
こうした一連のことを、
一瞬のうちに鮮やかに甦らせるのは、
葬儀に列席していた時、誰かがつけていた、
整髪料の香りである。
めったに出会うことはない、
普段思い出そうとしても思い出せない香りなのに、
駅やデパートの雑踏の中でこの香りに出会うと、
このことに関する私の記憶を、
どこからか全部引っ張り出して来てしまう。
次にあの香りに会うのは、いつどこでだろうか。
私はきっとまた、
甦らされた記憶の鮮やかさに、
立ちすくんでしまうに違いない。
懐かしい香りが、漂ってきた。
...きんもくせいの香りだ。
花の姿が見えなくても、季節になると、
香りでその存在がわかる。
香りは、どうしてこうも深く、
眠っていた、さまざまな記憶を揺り起こすのだろう?
普段は全く忘れているのだが、
出会うたびに、
こころを激しく揺さぶられる香りがある。
高校3年の時、
不慮の事故で友人が亡くなった。
1年の時同じクラスで、
おどけて人を笑わせるのが好きな、
あまり影の部分を感じさせない女の子だった。
同年代の人の死、
というものに出会った初めての経験だった。
葬儀の日、私は制服を着て、
たくさんの同級生と一緒に、彼女の家の外で並んでいた。
ものすごくいいお天気だった。
彼女が死んだことが、まだ全く現実のものとして、
心の中に入ってこなかった。
「いやだ、冗談よ。本気にしたの?みんな」
と笑いながら彼女が現れても不思議ではない気がした。
棺のふたが閉められるとき、
家の中から、女性の嗚咽が聞こえてきた。
胸の奥から絞り出されたような声だった。
やっぱり、本当のことなのだろうか?
その場に及んでも、そんな思いにとらわれていた。
私にとっては”死”がどんなものかさえ、
不確かなものだった。
ひどく、自分がうすのろな存在に思えた。
学校から帰るバスは大きな墓地の前を通った。
帰りが遅くなると窓から深い闇だけが見えた。
しばらくの間、私はその闇が怖かった。
闇を透かして、
たくさんの声なき声がざわめいているように思ったのである。
彼女は今、一体どこにいるのだろう?
問いかけてみても、彼女のイメージは、
闇の向こうからこちらを見つめているだけで、
口を開こうとはしなかった。
ある晩、夢に彼女が出てきた。
昇降口でくつを履き替えると、
後ろから「おはよう」と言われた。
私は息を呑む。
彼女の顔にはかすり傷が見えた。
他の友人が私に耳打ちをする。
「死んでるってこと、彼女に言っちゃ駄目よ」
言ったらどうなるのだろう?
目の前で彼女が崩れて行ってしまうのか?
...
こうした一連のことを、
一瞬のうちに鮮やかに甦らせるのは、
葬儀に列席していた時、誰かがつけていた、
整髪料の香りである。
めったに出会うことはない、
普段思い出そうとしても思い出せない香りなのに、
駅やデパートの雑踏の中でこの香りに出会うと、
このことに関する私の記憶を、
どこからか全部引っ張り出して来てしまう。
次にあの香りに会うのは、いつどこでだろうか。
私はきっとまた、
甦らされた記憶の鮮やかさに、
立ちすくんでしまうに違いない。
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